フィッシュストーリの吹き溜まり

小路幸也『ロング・ロング・ホリディ』を読んで

あらすじ

 1981年、札幌の喫茶店〈D〉でアルバイトする男子大学生が主人公。主人公の幸平は、バイトのチーフにしてイケメンの兄貴分ナオキ、まじめなブチョウ、音楽をやっているエドといった仲間たちと楽しくバイトをしている。そこに東京に出て、7年間会っていなかった姉が帰ってくる。そこから始まる、社長と店長と事務員の三間関係、店の常連の高校生ヒロコの夢と家族をめぐる確執、姉が東京から帰ってきた理由と主人公家族の問題、それらが絡み合ったヒューマンドラマ。

 

感想 

 この小説は職業もの小説にして、青春小説といえる。ほぼすべての出来事が、主人公がアルバイトする喫茶店で展開される。喫茶店の仕事内容に関する描写は非常に細かい。ただしそれは物語を冗長するものではなく、後述するように舞台となる80年代の雰囲気をよく伝える舞台装置になってくれているし、比較的数が多い登場人物の個性を引き立たせることにもつながっている。

 一方でヒューマンドラマとしてみるならば、この小説のプロットは割と平凡な域に入るかもしれない。痴情のもつれともいえる大人の三角関係、夢を追って上京しようとする高校生とそれに反対する両親の確執がメインの事件となる。このようなある意味で使い古された題材を、80年代初頭の大学生であり、喫茶店のアルバイトでもある主人公の目線で見ていくという点が、その時代のことを知らない私にはとても新鮮に映った。

 要するに、私がこの小説を読んで一番面白いと感じたのは、絶妙な「80年代感」である。筆者の小路幸也氏は1961年生まれとのことで、この時代に青春を送った方だからこそ書ける何とも言えないリアリティ、空気感がある。よく考えると主人公の幸平と筆者は名前が似ているし、小説を書くというところもかぶっているので、筆者自身をモデルとしているのかもしれない。物語の節々がいい意味で古臭い感じなのだが、それが読み進めていく上での面白さになる。小説はどれほど創作的なものであれ、筆者自身の経験(身体性?)と無関係ではいられないという話をどこかで聞いたことがあるが、この小説を読んでそれを実感した次第である。